公益財団法人 明治安田厚生事業団

お問い合わせ

  • 公益財団法人 明治安田厚生事業団 03-3349-2741(代表)
  • 体力医学研究所 042-691-1163
  • ウェルネス開発室 03-3349-2741

平日9:00~17:00(年末年始、祝休日を除く)

インタビュー

この人が語る健康

「この人が語る健康」は健康づくりに携わる方に、
取り組みを始めた経緯や、そこに込める思い、
関わり方、これからのことなどについて伺い、
「健康とは何か、そのために何ができるか」を
探ります。

vol.07
2023年11月1日
慶應義塾大学
准教授小熊 祐子
研究テーマ
  • 身体活動と健康・ウェルビーイング
健康のためにしていること
  • 手作りヨーグルトを食べる(10年以上切らさず作ってます)
  • 週二回(目標)の筋力トレーニング

第7回目は慶應義塾大学の小熊祐子先生にお話を伺います。医学博士である小熊先生は慶應義塾大学スポーツ医学研究センター・大学院健康マネジメント研究科で教鞭を取ると共に、身体活動をテーマとした研究活動を展開されています。

小熊先生は患者さんを診察されるだけでなく、身体活動による健康づくりをテーマに研究活動を続けられています。臨床医としてキャリアを積むだけでなく、健康増進にかかわる研究を始められたきっかけなどはあるのでしょうか?
小熊

医学部卒業後の内科研修で患者さんを診察するなか、「病気が進行する前に、何か出来ることがなかっただろうか?」と考えさせられるケースが多々ありました。

予防にかかわりたいという思いから、生活習慣病を中心に診察することができる内分泌代謝内科に入局しました。博士論文は、糖尿病予備軍の方が糖尿病にならないようにするには、というテーマで執筆しました(タイトル:高インスリン血症・耐糖能異常者の体組成と代謝指標ならびにフィットネス-ライフスタイル修正の効用も含めて)。実を言うと、最初のうちは食事による生活習慣改善に興味を持っていたんです。

食事に着目されていたというエピソードはとても意外です。身体活動にフォーカスするようになったターニングポイントは何だったのでしょうか?
小熊

かねてから運動(Exercise)が体にいいというエビデンスは沢山ありましたが、「運動」というと一部のエリートアスリートのためのもの、そもそも運動ができる人の話、というようなイメージがありました。

しかし1990年代の半ばごろから、疫学研究のエビデンスの蓄積が基盤にあり、運動習慣のない一般の人に少しでも体を動かしてもらって健康になる、つまり「身体活動(Physical activity)」を増やして健康になることが大切だという考え方が広まり、パラダイムシフトが起きました。

また内分泌代謝内科への入局と同時期に、慶應義塾大学病院に運動指導を中心に生活習慣を改善させるスポーツクリニックが開設され、私も担当することになりました。環境的な要因もありましたが、みんなが健康になれる身体活動をテーマにしたいと感じたのがきっかけになり、スポーツ医学の道へ進みました。

その後、ハーバード大学公衆衛生大学院へ留学されていますが、どういった経緯だったのでしょうか?
小熊

夫のボストン留学が決まり、職場の理解を得て私も一緒に渡米することになったので、運動疫学の権威であるI-Min Lee先生に、先生のところで勉強させていただけませんか、と相談したんです。

I-Min Lee先生とは、私の恩師である山崎元先生が日本臨床スポーツ医学会の学術集会へお招きし、来日された時からお付き合いがありました。幸運なことに、快く迎え入れてくださいました。さらに、留学中には大学院に通い公衆衛生学修士の学位を取得しました。公衆衛生とはすべての人々の健康の維持・増進と生活の質の向上を目指す学問ですから、留学中に学んだことが今も非常に役に立っています。

公衆衛生学修士学位授与式後の写真
一番右に写っている女性がI-Min Lee先生
2013年から始まった「ふじさわプラス・テン」を積極的に展開されていますが、そもそも、この取り組みはどういったきっかけで始まったのでしょうか。
小熊

慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)に開設された看護医療学部の一期生卒業にあわせて、大学院健康マネジメント研究科が開設されました。SFCと藤沢市は2009年に包括的な連携協定を締結しているのですが、それを基盤に私たち健康マネジメント研究科と健康増進課(当時)、藤沢市保健医療センターを中心に、健康増進事業を始めることになりました。2013年に厚生労働省が健康づくりのための身体活動指針「アクティブガイド」を策定し、+10(プラス・テン)、つまり「毎日10分多く身体を動かして健康寿命を延ばそう」ということが謳われていたので、これをキーワードに、藤沢市全体の身体活動促進キャンペーンを行おうということになりました。

その頃、藤沢市保健医療センターで健康運動指導士として活動されていた齋藤義信さんが私の研究室に在籍していました。齋藤さんは博士課程在籍中に藤沢市をフィールドとして、身体活動と環境要因の関連性について研究を行い、明治安田厚生事業団の研究助成を受贈、さらに優秀賞に選出されました。藤沢市の施設で勤務されていたので行政側の状況に対する理解も深く、自治体と大学の協働事業として身体活動を促進しよう、ということで一緒に計画を練りました。まずは効果が見えやすい高齢者を対象に研究を始めました。

行政に詳しい方がいらっしゃると、研究者だけでは出来ない取り組みができそうですね。具体的にはどんなことを実施されてきたのでしょうか?
小熊

藤沢市全体というコミュニティに対して身体活動促進の働きかけをするわけですが、先行研究を参考に、広く浅く沢山の人に届けることができる取り組みから、内容は濃いけれど誰でもできるわけではないものまで、ソーシャルマーケティングの手法を取り入れながら、さまざまなターゲットにアプローチする戦略を立てました。例えば市民の方々の意見を取り入れながら藤沢版アクティブガイドのリーフレットを制作したり、地域で体操教室を実施したりと、一つのことに限定せずに様々な取り組みを行ってきました。

地域住民のみなさんと制作されたリーフレットは藤沢市内で配布された
公開講座なども定期的に開催している
  

体操教室に関して言えば、募集型の教室を開催すると、普段から体操している健康意識の高い人が参加することが多く、いままで動いていなかった人に動いてもらうことはできません。そこで料理教室や陶芸教室など、比較的座りがちな文化系のサークルに出向いて行って、「普段のサークル活動にプラスして、10分運動しませんか」と呼びかけて一緒に体操してもらう、といった活動をしました。実際に出向くのは藤沢市保健医療センターの職員が中心で、藤沢市の身体活動促進施策との親和性も高く、一部は市の事業のような形で実施していただきました。現場からは好評で、プラス10分なら動いてくれそう、という手ごたえを感じました。

文化系のサークルの方にプラス・テンという発想は見事ですね。自治体の職員さんともお付き合いがあるでしょうから、地域の方も「やってみよう」という気持ちになりやすかったのではないでしょうか。開始から10年が経過しましたが、効果は見えてきたのでしょうか。
小熊

藤沢市は13地区に分かれていますが、2013年度はそのうち4地区で活動を開始しました。2年が経過したあとに調査を行ったところ、研究グループが活動している地区の方が、していない地区に比べて「ふじさわプラス・テン」の認知度が高いことが分かりました。

そこから藤沢市全体での展開が始まりましたが、先行研究などを見ると、このような手法によって地域で身体活動を増加させるには5年近くかかるとされています。2013年、2015年、2018年にアンケートを実施した結果、2013年と2015年には見えてこなかったのですが、2018年には「ふじさわプラス・テン」の活動の成果か、高齢者では身体活動が増えたことが確認できており、やはり腰を据えて取り組む必要があるということが分かりました。

身体活動が定着するには、時間がかかるということですね。今後、プロジェクトはどのように進められていくのでしょうか。
小熊

身体活動を促進するための仕掛けは、個々に独立した状態にあるのではなく、連動させることでより効果を発揮します。

実は藤沢市の身体活動促進施策は50以上あり、「ふじさわプラス・テン」もこの一翼を担っているのですが、これら一つひとつの施策をWHO(世界保健機関)が2018年に発表した身体活動に関するグローバル・アクション・プラン(GAPPA) にあてはめると、身体活動促進のために推奨されている行動指針にきれいに一致していて、それぞれの取り組みが連動していることでポジティブな結果が出たのではないかと推測しています。今後は藤沢市のさまざまな部門や、民間企業とも協働することで更に効果的な手法を検討していきたいと考えています。また高齢者を対象に活動をスタートしましたが、今は就労・子育て世代など、なかなかリーチできていない若い人たちへのアプローチも強化しています。

WHOが発表した身体活動に関する世界行動計画 2018­-2030(Global Action Plan on Physical Activity 2018-2030: GAPPA)
小熊先生が中心となり、慶應義塾大学スポーツ医学研究センター・大学院健康マネジメント研究科が日本運動疫学会との連携のもと日本語版を作成した
昨今は「運動・スポーツ関連資源マップ」の構築にも取り組まれていますが、どういった構想なのでしょうか?
小熊

「運動は身体に良い」というエビデンスは沢山あるので、薬を処方するのと同じように、医師が患者さんに運動をおすすめする際に、その方にあわせて、具体的な場所や教室を紹介できるように、地域の運動・スポーツ関連のリソースをマップに整理しよう、という構想です。

私が所属する日本医師会では「健康スポーツ医認定制度」を設置し、スポーツによって一般の方の健康を維持・増進することを目指していますが、まだ認知度が低く、うまく活用されていないのが現状で、これを打破したいという背景もあります。

現実問題として、医師が地域にある運動実施の場を知り尽くすことは不可能です。患者さんの状態も様々で、持病がある人でも参加できるのか、個別の調整ができる専門スタッフがいるのか、元気に動ける人向けの集団教室なのか、といったことを見極めてお勧めする必要があります。私たちの構想としては、地域のステークホルダーと連携し、運動できる場所、つまり運動資源の情報を集めて地図にして、それを見て医師が患者さんに運動することをお勧めする、というシステムを構築したいと考えています。

運動できる場所がたくさんある都市部なのか、運動できる施設が少ない山間部なのか、といった地域性を考慮しなければならないというような課題もありますが、2021年度からスポーツ庁の事業にもなっていますし、ステークホルダーを巻き込みながら好事例を作って、全国展開に繋げていきたいです。

スポーツ庁が令和5年度に実施する予定の運動・スポーツ習慣化促進事業の概要(スポーツ庁HPより)
運動・スポーツ関連資源マップの作成と活用が盛り込まれている
「お医者さんから勧められたからやってみよう」と思う方は沢山いらっしゃるでしょうから、大きな効果が期待できそうですね。本日お伺いした活動以外にも、様々な事業に携わっていらっしゃいますが、研究を進めるうえで大切になさっていることはありますか?
小熊

自分は医師でもありますから、患者さんにも生活があって、それぞれの環境や背景をリスペクトする必要があることを痛感しています。

研究も同じで、個人が大切にしているものに配慮しながらカスタマイズしなければ、研究成果を活用してもらうことはできません。例えば超高齢化社会においては「安全、安心に運動を行えること」が重要で、やみくもに身体活動を促進するのではなく、それぞれの事情に合った身体活動を勧める必要があります。これは「運動・スポーツ関連資源マップ」にもつながる考え方です。

また明治安田厚生事業団の研究助成でも「社会実装研究」が指定課題になっていますが、自分の研究成果を社会で活用してもらうための橋渡しをすることを意識して取り組んでいます。研究事業でうまくいっても、社会で継続してもらえなければ意味がありません。そういう観点では、自分の研究活動を若手研究者に繋いでいくことも意識する必要があると思っています。若手の皆さんに明るい未来をもたらしたいという気持ちもあります。

体力医学研究所との交流会
ふじさわプラス・テンTシャツを着た小熊研究室の学生さん、研究所スタッフと記念撮影
研究から得られた知見を社会に普及・定着させるという考えは、研究に携わる全員が持っていなければいけないですね。最後に、今後の目標について教えてください。
小熊

これまでの経験から強く感じているのは、課題の解決には異分野協働が不可欠であるということです。

例えば「移動に車を使わず歩きましょう」と呼びかけみんなに実践してもらえば、身体を動かす機会が増えるだけでなく、車の排気ガスが減り、エネルギー資源の消費も削減されます。こちらの狙いである身体活動が促進されると同時に、環境問題に取り組んでいる団体にとってもメリットがあります。共通の利益を目指すことが出来るステークホルダーが協働して、自分たちが作りたい仕組みを社会に定着させていく必要があると考えています。

現在、慶應義塾大学では「KEIO SPORTS SDGs」プロジェクトを展開し、経済・社会・環境のバランスのなかでスポーツ・運動・身体活動を促進し、SDGs達成を目指す活動を行っています。今後も然るべき人たちを巻き込んで、身体活動促進による健康寿命延伸を実証していきたいです。

インタビューを振り返って

ご自身の研究活動や患者さんの診療だけでなく、研究室所属の学生さんの指導、学会理事や各種委員など、様々な活動をなさっている小熊先生。お忙しいなか、多方面で精力的に活動されている様子が伝わってくる取材でした。個人を意識しながら社会全体を見据える必要があるという、普段から一人ひとりの患者さんを診察されているお医者様ならではのお言葉に、ひときわ説得力を感じました。

ページの先頭へ戻る▲