公益財団法人 明治安田厚生事業団

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インタビュー

この人が語る健康

「この人が語る健康」は健康づくりに携わる方に、
取り組みを始めた経緯や、そこに込める思い、
関わり方、これからのことなどについて伺い、
「健康とは何か、そのために何ができるか」を
探ります。

vol.01(後編)
2018年3月19日

早稲田大学
スポーツ科学学術院
教授荒尾 孝
※所属はインタビュー当時のものです
研究テーマ
  • 地域全体の健康水準を上げる健康づくりシステムの開発
  • 地域高齢者全員を対象とした生活拠点型介護予防システムの開発
健康のためにしていること
  • テニス、ジョギング、ボーリング、ゴルフ、ダンス等
  • 一つの運動だけをするのは良くないと思っているため、色々なスポーツをしています。
    趣味としては、非日常的な活動(スキューバダイビング、スカイダイビング、セスナ操縦)を行っています。

第1回目は、早稲田大学 スポーツ科学学術院の荒尾孝先生(体力医学研究所 前所長)です。荒尾先生は、運動を活用した地域での健康づくりの第一人者で、厚生労働省の健康政策「健康日本21(第一次)」の身体活動・運動分野の検討委員等を務められました。

前編では、「研究人生の転換点」をご紹介しました。後編では、「地域での健康づくりはここが難しい」「研究者として大事にしていること」「若手にはこんな研究をしてほしい」等をお届けします。

地域における高齢者の健康づくり:測定の様子
荒尾先生といえば、何と言っても地域での健康づくりの研究だと思います。先生が長年続けていらっしゃる市民調査はどんなきっかけで始まったのですか?
荒尾

市長さんから「市民の健康状態を調べてほしい」とご依頼をいただき、体力医学研究所が調べることになりました。調査の結果、高齢者のうち特に女性が、周辺他市の女性高齢者よりも体力が低く、健康問題が多いことがわかりました。この調査がきっかけとなって、高齢者の健康づくりに関する研究が本格的に始まり、現在まで30年以上続いています。

そのご経験から地域での健康づくりの難しさを教えていただけますか。
荒尾

一番難しい点は、全ての人を対象とすることです。

従来の健康づくりは、健康状態に問題がある一部の人を対象としていましたが、これからは“全ての人を対象とした健康づくり”が必要です。そのためには多様な関係者との連携による、多様な活動が必要となります。具体的には、「住民」「行政」「支援者」による一連の健康づくりのことです。住民が主体的に地域の健康づくりに関わるためには、計画の段階から参画してもらい、住民の意識を、“サービスを受けるお客さま”から、“サービスの作り手”に変える必要があり、その支援は、研究者の重要な役割です。

住民全体を対象とした健康づくりは、研究以前の「基盤づくり」から始める必要があり、成果を得るまでに長い時間と労力がかかります。しかし、地域の健康づくりに関する研究を行う上では、このような現場(地域)の関係者との信頼関係づくりは必須であり、それがあってこそ質の高いフィールド研究が可能となります。

また、住民の健康づくりのためには、研究終了後も成果が続いていくような計画を立てる必要があり、「研究参加者の自主活動グループ化」と「ヘルスボランティアの養成」は大切な仕事です。

ここでいうヘルスボランティアとは具体的にどのような方なのですか?
荒尾

ヘルスボランティアとは、その地域の健康づくりリーダーとして、より多くの住民がより長く健康づくりを続けられるよう支援する住民ボランティアで、健康づくりの企画・運営・評価を行政や支援者と共に行います。私たちの場合ではヘルスボランティア養成のため、行政と協働で月に1回、3〜4ヶ月かけて、住民のニーズ調査、分析、健康づくりプログラムの企画、実施、評価を体験的に学べる研修会を実施してきました。ボランティアを育てるには長い時間がかかります。町ぐるみの健康づくりで結果を出すのには、さらに長い月日が必要です。中年期の生活習慣病などの発症予防を目的とした研究では10年以上、高齢者の場合はもう少し短くても良いかもしれません。私が過去に行った研究では、5年間にわたる健康づくりによって高齢者の死亡や自立能力障害の発生率に改善効果が認められました。

長期にわたる介入研究は、研究者にとって大きな負担ですので、世界的にもあまり多く実施されていません。近年、短期間での業績が求められており、長期にわたる健康づくり研究を実施することが難しくなっています。研究者が長期的な視野に立って、研究に取り組める環境づくりがこれからは重要だと思います。

住民による企画・運営
「荒尾先生のような研究者になりたい」と思っている方がたくさんいるのではないかと感じました。先生が研究者として大事にしていることを教えてください。
荒尾

大事にしていることは、「多くの人に積極的に関わる」ことです。

一様に多くの人と接するように心がけています。私の専門の公衆衛生学、まさに公衆(不特定多数の人々)を対象とする学問ですので、全ての人の考えや立場を受け入れるという「公衆愛」(この言葉は私の造語ですが)が重要となります。最近の研究者は技術的な面(統計解析方法など)に価値を置き過ぎているような気がしています。技術者になるのではなく、もっと基本的なことを大事にしてほしいと思っています。

なるほど。「公衆愛」は素晴らしい考え方ですね。「技術者にならないように」との発言がありましたが、若手研究者には、どんな研究に取り組んでほしいとお考えですか?
荒尾

地域住民全体を対象とした、地域介入型の研究をしてほしいと思います。

今後の日本の最大の課題は“超高齢社会に対応した新しい国づくり”ですから、医療制度や介護保険制度といった社会保障制度を持続可能なものにする必要があります。国民の疾病予防と健康増進は不可欠で、健康づくりに対する社会的な期待が大きくなっています。そのためには、個人での研究では限界があるため、様々な領域の専門家と協力して行うプロジェクト研究が必要です。プロジェクト研究に、多様な年代の研究者がかかわり、それぞれの役割を果たすことでより良い研究ができると考えています。

地域における高齢者の健康づくり:測定前の体操
プロジェクト研究には、年代によってどのような関わり方があるのでしょうか。
荒尾

若いとき(20~30歳代)はできるだけ質の高いプロジェクトに参加し、企画・実践・運営を経験すると良いでしょう。また、40歳代ではそれまでの経験を踏まえ、自身が責任者として小~中規模プロジェクトを実際に運営してみてください。そして、50歳代になって、本格的な大型プロジェクトを運営するということになります。多年代が関わることで、多くの刺激を得て、お互いに成長することができると思います。

荒尾先生が考える、年代別プロジェクト研究への関わり方
20〜30歳代 できるだけ大きな質の高いプロジェクト研究に参加し、企画・実践・運営を経験
40歳代 責任者として小〜中規模プロジェクトの組織・運営
50歳代 本格的な大型プロジェクト研究を運営
プロジェクトに関わること以外にも若手研究者にアドバイスがありますか?
荒尾

研究を運営する上で前提となるのが、研究フィールドと研究費の獲得ですので、そのような努力や経験も必要です。現場の関係者は健康づくりの理論や方法を学生時代に十分に学んでいない方も多く、新しい地域保健事業をどう実施していったら良いかわからないという戸惑いがあります。そのため、多くの健康づくりの現場では、新しい健康づくりに関する情報や専門家からの支援が望まれており、研究者がフィールドを開拓するためには良い状況と言えます。

ここからは私ども事業団についてもお考えをお聞かせください。事業団は、これからの健康づくりにどのように貢献できると思われますか?
荒尾

事業団の設立趣旨には、“国民の健康増進に寄与する”ことが掲げられています。

そして、今ほどに国民の健康づくりに対する社会的な期待が大きくなったことは過去にありません。まさにその存在価値を大いに発揮し、社会の期待に応えるべき時期であると思います。事業団は、企業の寄付金により運営されている我が国唯一の健康づくり分野における組織(私の知る限りですが)ですので、その特性を最大限活かした研究・事業を実施することが重要だと思います。

例えば、どんな研究や事業を行っていけば良いとお考えですか?
荒尾

現在、事業団で取り組まれている「企業における職員のメンタルヘルス」に関する研究や事業は時代に即したテーマだと思います。

近年は、企業における「健康経営」に関する意識が高まってきています。今後、企業等との協力関係をさらに深めることで、より質の高い研究や事業を実施できる可能性が大きくなると考えられます。健康づくりの分野においても、今後大学との産学連携による共同研究や事業化が多くなることが予想されます。事業団がその特性を生かし、産業保健領域のリーディング機関として、多くの質の高い研究成果を挙げ、さらに事業を実施してもらいたいと思います。

最後に、このインタビュー企画のテーマである「健康とは何か」そして、そのために何ができると思うか教えてください。
荒尾

健康とは、「自己実現するための条件」だと思います。

身体的側面やメンタル的側面を含め人生のあらゆる面で、自身が望むような生き方をするために必要なもの、私は健康をそのように考えています。ですから、まず「どのような人生を望むか」といったことを明確にする必要があります。健康についての考え方は時代とともに変化しますが、現代は「生活の質」として考えられることが多く、これを言い換えるとまさに「自己実現の程度」です。

健康づくりの研究者としてやりたいこと(やるべきこと)は、「より多くの人々の健康を実現し、新たな社会づくりに貢献できるような成果を上げる健康づくりの方法論を開発すること」です。とても大きなテーマですので、私の現役時代で終わることではなく、次の世代にしっかりと引き継ぎたいと考えています。

インタビューを振り返って

今回のインタビューでは、荒尾先生のお話を伺いながら、「地域での健康づくり」「ヘルスボランティア」などに対する見識が深まると同時に、質の高い研究をするには取り巻く環境を整え、関わる人を育成していくことが大切だということが伝わってきました。「健康づくりは、現場によく足を運び、ともに考える姿勢なしにはあり得ない」と感じずにはいられませんでした。

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