公益財団法人 明治安田厚生事業団

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インタビュー

この人が語る健康

「この人が語る健康」は健康づくりに携わる方に、
取り組みを始めた経緯や、そこに込める思い、
関わり方、これからのことなどについて伺い、
「健康とは何か、そのために何ができるか」を
探ります。

vol.02
2018年8月24日

東海大学 体育学部
教授萩 裕美子 博士(保健学)
研究テーマ
  • 身体活動量の少ない人へのアプローチ方法およびプログラムの検討
  • イベントによる運動習慣化のための仕掛けづくり
健康のためにしていること
  • 通勤では早歩きを実施しています。1日60分程度は通勤の移動で歩いています。
  • 食事で生活のリズムをつくっています。また便通を整える食事を意識しています。

第2回目は、東海大学体育学部スポーツ・レジャーマネジメント学科の萩裕美子先生(明治安田厚生事業団 理事)です。萩先生は、生涯スポーツやレジャースポーツの第一人者で、現在は、東海大学大学院体育学研究科長も務められています。

東海大学の噴水の脇には、人魚姫の像(アンデルセン童話)があります。建学の租である松前重義は、デンマークの教育による国づくりの歴史に啓発され、生涯を教育に捧げました。
まず、先生が「生涯スポーツ」に、興味を持たれたきっかけをお伺いできますか。

私は選手として、中学、高校、大学と卓球をやっていたので、運動は得意なほうでしたが、一般的には運動が苦手、好きではないという方も大勢いらっしゃるわけです。

もともと体育の教師になりたかったのですが、卒業後就職したのが社会体育指導者養成の専門学校でした。そこでは一般の方の水泳指導もしておりました。会員さんのなかにまっすぐに泳げず右に曲がる方がいらっしゃいました。泳ぎ終わった後、乳がんの手術で乳房を切除していたことがわかりました。これが「生涯スポーツ」に興味を持ちはじめるきっかけだったかもしれません。

良いお話ですね。社会に広まったのはいつごろからでしょうか。

「生涯スポーツ」の歴史って、そんなに古くないのです。

1950年代後半から、ヨーロッパで「Sport for all」という運動が起こりました。これは、従来の競技スポーツだけでなく、国民の誰もが参加できるスポーツ活動を推進するものです。

日本でも、1964年の東京オリンピックをきっかけに「歩け歩け運動」が広まっていました。1980年代には文部省(現在の文部科学省)に生涯スポーツ課ができ、前任の鹿屋体育大学でも同時に生涯スポーツ学講座が立ちあがりました。専門が近いということで配属されることになりました。

先生が、そのような時代の流れのなかにいらっしゃったというわけですね。

そういうことですね(笑)。

昔は「健康・スポーツ」と言って、健康とスポーツのあいだには「・」=中ポツがありました。今ではそれがなくなって、当たり前の概念として「健康スポーツ」があります。東海大学に赴任してからは、もっと広い概念である「スポーツ&レジャー」に出会いました。レジャーというと旅行、ハイキング、映画鑑賞まで含まれます。そういうことを楽しむためには体力が必要という考え方もあります。

そもそも健康のためにスポーツをするだけではないということです。健康はあくまで何か目的を達成するための「資源」や「ツール」であると思います。

逆転の発想ですね。そういうトータルなとらえ方が、時代を先取りしているような気がします。ところで先生は、女性がライフイベントによってスポーツを中断させられるということには、ご興味をお持ちですか?

もちろんです。女性アスリートでは、それが離脱の原因になっています。

それによって、監督やトレーナー、コーチなどが育たないというのが現実です。女性のポジティブアクションを支援するために、20年ほど前に、スポーツに関わる女性を支援する会(NPO法人)を立ちあげ、今でも理事をしています。女性がライフステージに合わせて活躍できる環境づくりや社会認識の向上をめざしているのです。

まずは、アクションとして、2006年に世界女性スポーツ会議を熊本に誘致しました。あれからすでに10年以上も経っていますね。文部科学省の「全国体力・運動能力、運動習慣等調査」委員などを務めて、いろんな提言もしてきましたが、JOC※1や文部科学省、スポーツ庁などに、アスリートだけでなく一般女性のスポーツ活動の現状を理解してもらい、さらなる普及をはかるためには、地道な息の長い活動が必要です。

※1:日本オリンピック委員会(Japanese Olympic Committee)

女性がスポーツを続けるためには、どのような工夫がありますか。

積極的に体験したいと思わせる仕組みづくりでしょうか。

大学教育でも、スポーツという概念をもっと広げると、できることの幅が広がります。ハワイアンダンスやヨガなどをクラブ活動に取り入れたらよいと思います。社会人なら、気軽に街角のフィットネスを利用するのもよいかもしれません。

別のアプローチでは、子どもサッカーの母親たちが子どもたちを応援するだけでなく、自分たちのチームをつくるなどという楽しみ方もできるでしょう。東京マラソンでもビジョガーといって女性ランナーが増えているそうですが、美容と健康をきちんとおさえることも意識づくりには大切かもしれません。ターゲットを見極め、きちんとセグメント※2をすることが必要です。登山も登ることによって、日常生活における体力不足を実感できます。登りたい山に登るためには、それにふさわしい体力がないと登れませんよね。それがきっかけとなって、継続する習慣ができるわけです。

※2:同じ特徴をもつ集団に区分けすること

健康づくりにおいては、「きっかけづくり」と、継続するための「しかけづくり」が大きな課題ですね。

現在は、企業や健康保険組合に対して、きっかけづくりとして、身体組成の測定や体力測定をしています。

これは、ワンポイントとして、今まで興味がなかった人たちを引き込むには良いアプローチですが、しょせん動機づけでしかありません。次のステップに進むためには、その企業の職種、ふだんの動き方、働き方などを踏まえたうえで、継続できるしかけづくりを考える必要があります。

地域においても、アプローチの仕方を変えることです。市民にスポーツの場を提供している「学校開放」なども、結局は団体登録が必要で、スポーツをやりたい人たちの集まりにすぎません。そこを活用して、いつでも、だれでも参加できるスペースとして開放することで、スポーツ参加へのハードルをより低くすることができます。現在、学校開放を活用したモデル事業として「東海大学地域スポーツクラブ」を立ちあげ、運営はマネジメント学科の学生に任せています。マネジメントの実践は、こうした現場での体験が非常に有用な学びの場となっています。

先生のお考えが学生に浸透する良い機会となりますね。ところで、この賞状は先生のゼミの方が受賞されたようですが、どのような賞だったのでしょうか。

笹川スポーツ財団のSport Policy for Japan 2017で、最優秀賞をいただきました。

Sport Policy for Japanとは、日本のスポーツの現状や将来について問題意識を持つ大学3年生が政策提言を持ち寄り、意見を交換する場です。「オフィススポーツの新しいカタチ―中小企業に向けた政策―」というテーマで企業の健康経営の進め方をプレゼンテーションしました。

50チームのなかの最優秀賞ですから、素晴らしいですね。スライドを拝見しましたが、とてもわかりやすくて、ご指導が行き届いている感じがします。

毎週金曜日には、学年に関係なくゼミ生全員で、ランチミーティングをしています。

その週にあったできごとの報告や、これから開催されるイベント情報などをコンパクトに伝えるのですが、こういうことで考えをまとめたり、わかりやすく簡潔に伝えるという習慣が身についているのかもしれません。

ランチミーティングの様子。学生の表情が生き生きとしているのが印象的でした。
先生のお話を伺っていますと、体育やスポーツが、体力を鍛えるものではなく、こころとからだを育てるという意味で使われているような気がしました。

そうですね。たとえば、子どもの問題というのは親や大人の問題でもあります。

発育・発達の観点から体力づくりは大きな課題なのですが、日本の戦後教育における体育のあり方は、勝敗や体力向上が優先されて、教養のひとつであるという考え方が軽視されていると思われます。デンマークやドイツのトリム運動のように、心身をバランスよく育てるために、スポーツを楽しみながら生涯にわたって続けるという考え方はとても大切です。

それを学ぶ最後の砦が大学教育です。大学で体育が必修科目でなくなったことは大きな問題であると思います。官僚やエリートを輩出するような大学こそ、教養としての体育の授業はぜひとも必修で残してほしいものです。授業で幅広い種目を体験し、スポーツの楽しさを実感することが、社会に出てからの豊かな人材育成につながると思います。

若手研究者に対しても、ひとことメッセージをお願いします。

現場をきちんと見て、現場から課題を見つけ、研究するというスタンスを忘れないでください。

体育やスポーツはもともと応用領域の学問ですので、現場にフィードバックできるような研究を積み重ねてほしいと思います。明治安田厚生事業団が行っている健診データと活動量を結びつけたエビデンスの蓄積にも期待しています。メンタルヘルスの改善・予防にスポーツや身体を動かすことが効果的というアプローチはもちろん、職場の活性化、人間関係をよくするというエビデンスまで、ぜひ出してほしいものです。こうした研究成果を、現場で活かすプログラムも重要です。企業と連携して、現場で社会実験をしていくことが社会を変えるムーブメントにつながると思います。そこまで、しっかりとやってほしいものですね。

最後になりましたが、先生ご自身の健康観を教えてください。

健康とは、「いつ死んでもいい人生を送ること」だと思います。

私自身にも病気の経験があり、人は気をつけていても病気になることを実感しました。

それで、そう思うようになったのですが、たとえ病院にいても、120%で自分に与えられた条件をちゃんとこなせていれば健康に生きたと考えるようにしています。

昔、私の乗っていたスキーバスが谷に落っこちたんです。それからは、いつも最悪の状態が起きることを想定するようになりました。また、与えられた命であることを実感して、誰かのお役に立てる人生を送りたいと思うようになりました。

健康とは、やりたいことができるための資源ですが、いわゆる健康でないときにも、人はそれぞれ自分らしくポジティブに生きることが大切ではないでしょうか。

インタビューを振り返って

女性として、研究者として、そして何より教育者として魅力あふれる萩先生。こちらの質問に、立て板に水のごとく答えてくださいました。まっすぐで、ゆるぎない生き方が学生たちを惹きつけているのだと思います。現場主義というもっとも難しい課題をマネジメントされる能力はピカイチ。マネジメント=人と人をつなげるということが、ひしひしと伝わってきました。

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