公益財団法人 明治安田厚生事業団

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インタビュー

この人が語る健康

「この人が語る健康」は健康づくりに携わる方に、
取り組みを始めた経緯や、そこに込める思い、
関わり方、これからのことなどについて伺い、
「健康とは何か、そのために何ができるか」を
探ります。

vol.04
2020年4月1日
筑波大学
教授征矢 英昭
研究テーマ
  • 運動が脳フィットネスを高める効果とその分子機構・脳内機構の解明
  • 運動パフォーマンスを規定する中枢疲労の実態を脳のエネルギー代謝から解明
健康のためにしていること
  • 短水路で1.5kmの水泳(クロールと平泳ぎ)を週3回以上
  • 夜に煎餅を食べすぎないこと(健康指導員に言われている)
  • 夜、PCを見ないで寝ること

第4回目は、筑波大学 教授の征矢英昭先生です。先生の研究室では、「脳フィットネス」という新しい概念のもと、運動が脳に及ぼす影響や脳が運動パフォーマンスに与えるメカニズムなどを究明しています。キーワードは「快適生活」で、それを可能にする、ストレスに負けない、元気で前向きでいられるような脳の状態を「脳フィットネス」と呼び、高める方法として身近な身体運動に着目しています。

筑波大学のグラウンド
先生が研究者となられた動機を教えていただけますか?
征矢

私は、ずっと陸上競技をやっていたので、基本はアスリートです。大学院まで現役でしたから、やはり陸上競技が自分のなかの一番のテーマでした。

ですから、陸上人間なのでしょうね、本当に純粋な。もともと陸上とはすぐに限界を感じる競技です。頂点に立つのはひとりだけ、あとの人は皆、夢を打ち砕かれていくわけです。けれども、パフォーマンスが向上する過程に、楽しみや目標に挑むという醍醐味があります。面白いなと思ったのが、オーストラリアの長距離の名コーチ・セラティの『陸上競技 チャンピオンへの道』(ベースボールマガジン社 1963)という本です。セラティは「チャンピオンになれなくても、なろうとすることはできる」と述べています。幾度となく挫折を味わってきた人間には、響きました。ひと言で言えば、プロセスこそ楽しい、意味があるということで、あるときから研究生活も陸上に似ている、いやほとんど同じと思うようになりました。

研究を志すきっかけとなったもう1冊の本が『ノーベル賞の決闘』です。脳の視床下部のホルモンを発見してノーベル賞をとった2人の研究者の20年に渡る競争を描いたドキュメント。これを読んだとき、特別な才能があってノーベル賞がとれたのではなく、自分とあまり変わらない、工場仕事のような作業を繰り返して、やっとたどり着いた結果なのだと確信しました。大きな目標や強い信念こそが重要と考えてきた陸上競技的マインドが研究にも通ずると思ったわけです。

ウェイド、1984、岩波現代選書
生理学者、シャリーとギルマンのノーベル賞をめぐる野望と確執の過程を描いた本
先生の研究室では「脳フィットネス」という言葉を使っていらっしゃいますが、
それはどのような意味でしょうか?
征矢

フィットネスとは、適応力、体力を意味します。脳フィットネスとは、ストレスを乗り越え、元気で前向きでいられるような脳の状態です。

私たちは、この脳フィットネスを高める方法として身近な運動に着目しました。運動の効果は、カロリー消費だけではなく、脳の活性化や感情の好転をもたらし、認知機能を改善します。じつは脳も体と同じように可塑性にとんだ変化しやすいもので、鍛えることでたくましくなり、ストレスに対抗できるようになります。いきいきとして集中力や判断力が高まり、精神的前向きさや快適さを感じ、情動的変化をもたらします。気分次第で活動様式が変わり、人間らしさを取り戻したりします。私たちはどのような運動が脳フィットネスを高めるのか、その条件を探っているのです。

研究室・実験風景
左図:動物の脳細胞を電子顕微鏡で見ている
右図:運動中の気分や主観的な運動の強さを測定している
運動が脳を活性化し、人間を前向きにしているのですね。
研究室の旗印である Brains and Brawn, One and the Same. にも通じますか?
征矢

そうですね。脳を筋肉と同じように考えようという意味です。

これは、私が運動と代謝・ホルモンのことを研究していて、次第に脳に興味が移ってきた時期に出会ったコラムのタイトルです。同じようなことを考えている人がいるなと思って読み進み、著者の名前を見てびっくりしました。あの『ノーベル賞の決闘』を書いたN・ウェイドだったのです。まさに、私の人生において二度出会ったことになります。

この研究室では、低強度運動と認知機能との関連をテーマのひとつに挙げていますが、これを発見したのは、まったくの偶然でした。筑波大学に移る前、8年半の三重大学在任中に行っていた実験で、ネズミを3つのグループに分けて走らせ、ストレス反応を調べていたのですが、対照群のひとつである低強度運動群において、出るはずのない効果、つまり、脳の海馬で遺伝子の発現が多い、細胞が活性化するというエビデンスを得たのです。最大酸素摂取量(V̇O2max )でいうと30%の強度(超低強度)です。そこでさらに調べたところ、海馬の歯状回という部位で神経が増え、記憶能が高まることがわかりました。BDNF(神経栄養因子:神経の発育を促進するホルモンでアルツハイマー病では低下する)も低強度で増えました。さて人間ではどうか。これは特殊な装置(MRI、核磁気共鳴画像法)の導入により初めて可能になりました。結果、やはり効くんですね。しかも、たった10 分間でも効くという…。

具体的には、人の海馬で神経新生が起こる重要な部位を刺激することで記憶能を高めたのです。中強度の運動でも同じような効果はありますが、リスクが少なく、誰にも取り組みやすい低強度運動で同様の効果が得られるなら、運動ができない人のボトムアップに使えると思いました。

※V̇O2max(最大酸素摂取量):全身持久力の指標

低強度運動でもなかなかできないのが現実ですが。
征矢

運動が体に良いとわかっていても、やるかどうかは別です。

とくに、若者は歩くのが嫌いで、我が大学のエレベータ―にさえ「アスリートなら、階段を!」というシールが貼ってあるくらいです。オリンピックに出るような若者でも、すぐそこのコンビニに行くのに、バイクに乗ったりします。こういう人は、歩くのをタスク(仕事)だと考えているので、実験で、低強度運動をやってもらうと、気分が落ち込んだりします。

かたや、健康おたくと言える集団で毎日歩いたり走ったりしないと落ち着かないという人たちもいます。あるとき、タクシーの運転手が「走っている」と言うので「マラソンですか?」と聞くと「もうやめて、トライアスロンをやっている、3日仕事で3日走っている」と言われ、びっくりしました。人間はインスパイア(鼓舞)されると、仕事を制限してでも運動に興じたりするのです。この場合、運動は遊びであり、趣味になっているのかもしれません。

それでも、運動習慣のある人は全体の3割程度。運動というのは、続けるのが難しく、人間は気持ち良いとか満たされたりしないと動かないものなのです。

ヘミングウェイ の『老人と海』に出てくるサンチアゴ爺さんは、カジキを捕獲することに明け暮れます。84日間不漁でも獲物に向かいます。そして、やっと見つけたカジキと3日間も格闘するのです。彼は言います、「けれど、人間は負けるようにはつくられていないんだ」と(『老人と海』より引用)。ここには、挑戦する人間の姿があります。人間の成長は、考えることから始まり、持続するには、遊ぶとか競技的な要素があることが重要です。現代社会では、このホモ・ルーデンスとしての人間の復権が求められているのではないでしょうか。人間はそもそも遊びを楽しむ動物(カイヨワ『遊びと人間』によれば、闘争、偶然、模倣、目眩が遊びの4要素)なので、これがないがしろにされるとストレスがたまってくるのです。

また、サンチアゴ爺さんのように生きがいやこだわりを持つことも大切です。遊びの要素があり、楽しくてやりがいがあると思えることを生活化できれば良いですね。これが本来の人間の姿で、私は運動やスポーツを通して、こうした文化を支えていくことで、社会に貢献したいと願っています。

筑波大学のエレベータ―に貼ってある標語
「アスリートなら、階段を」
現代の不活動状態には解決策があるのでしょうか?
征矢

人間はもともと活動的だったはずですが、文明の発達により生活が便利になって、不活動な人間が増えています。

これは人類の脅威であり、刺激されてもアクティブにならない状態に置かれ、ストレスの蔓延を許しているのかもしれません。動物に完璧な拘束ストレスを与えると胃潰瘍ができます。しかし、拘束の度合いを緩めるとできない。割り箸を口にくわえさせる(強制的に笑顔をつくる)だけでもできない。いずれもストレス反応を産み出すのですが、胃潰瘍ができないというのは、前向きにストレスを乗り越えようとしているからなのです。

ある会社では危機感を持ち、高さを変えられる机を導入。立位での作業を可能にした環境を整えました。これだけでも人によってはアクティブになります。ちょっとした運動を取り入れるだけでも海馬に加え、前頭前野(額の下に位置する前頭葉の一部)が活性化し、注意、集中、計画・実行能力(認知機能の一部で実行機能と呼ばれる)が高まります。私は、これを「ビジネス脳」と読んでいますが、生活全体が前向きになり、生産性も向上します。

一方で、老化もストレスとの闘いと言えます。毎年、血中に分泌されるコルチゾール濃度が増加傾向にある高齢者(ストレス度が高い)はそうでない高齢者に比べ、海馬が萎縮し、記憶能が低下することがわかっています。老人は、孤独や不安、死の恐怖などさまざまなストレスを抱えています。その多くは、老人はおとなしくしているものという社会概念で縛られているからです。100歳を超えてもいまだに水泳を嗜む長岡さんは、膝のリハビリで水泳を始めたのですが、80歳を超えて初めて背泳を覚え、以後、20を超える世界記録を樹立しています。毎日、楽しく、少しずつ…そうしたアクティブライフがたくましい老人を創り出す。素晴らしいことです。これからの時代は、いろんなことにチャレンジして、その人なりのサクセスフルエイジングをめざしてほしいと思います。社会によって狭められた可能性がどんどん広がっていることを、最近、高齢者から教えられます。

利根町の高齢者プロジェクトでは、運動が効果的だったのですか?
征矢

そうです。町ぐるみのプロジェクトで私が担当したのは運動で、もう10年以上続けています。効果があって、町制施行60周年記念で町長からその成果を讃えていただきました。

利根町広報に掲載されるフリフリグッパー体操の案内
厚生事業団の兵頭研究員も、この利根町で実践力を養った
征矢

このプロジェクトでは、まず、高齢者の体の問題を引き出すのに、10~15人ごと20組を超える人たちにさまざまな軽運動を試し、体の動き方を確認し、状況を吟味しました。すると、意外に多くの男性において、関節の可動域が狭まり、柔軟性が欠如していること、また、歩く動作が幼少期のようにぎこちなくバウンドするようにしか歩けないことがわかりました。そこで、体ほぐしにGボールを使ったり、気持ち良く楽しめるプログラムを用意しました。めざしたのは、まっすぐで上下動の少ない歩行形態です。ただ「フリフリグッパー」をやっていたわけではありません(笑)。

さまざまなプログラムを通じて、運動が楽しいと感じられるような仕組みを考えました。参加された皆さんに、運動すると気持ちが良いということを実感してほしかったのです。

確かに運動をすると、開放的な気分になります。
征矢

気分は大切です。三重大学時代に、気分は形容詞で表現できるということを、言語学の丹保先生から教わりました。これがきっかけで、簡単に気分を測る尺度が欲しいと思うようになり、筑波で同僚のヨガや瞑想法を研究していた坂入先生に感性尺度を開発してもらいました。これを使うと気分の変化が定量でき、その人の特性や置かれている状況によって、どんな運動が適しているのかわかります。8つの形容詞で構成されていますが、活性度、安定度、快適度、覚醒度などで自分の状態を知り、ちょっとした運動で気分が変わることを実感すると、セルフコントロールできるようになります。

継続という意味では、気分が前向きになるような運動を考えることが大事です。何気ない運動だけど楽しめるというのが理想ですね。深部体温が上がると気分が良くなるという仮説もあります。気分は運動で変えられる、それに気づかせてくれる尺度として使っていくことを提唱しています。気分を大事にし、コントロールできるということを知れば、運動の継続につながるのではないでしょうか。

いよいよ先生のテーマである、脳と体、気分、運動がつながってきました。
征矢

脳は気分を醸成する基盤です。

けれども脳だけで気分をつくっているわけではありません。お腹が痛かったり、病気だったりするだけでやる気がそがれます。つまり、体と脳のコミュニケーションがキーになります。

ここに『感じる脳』という本があります。この本を解釈すれば、運動することは感じること、になるのです。身心相関というように、脳と体はクロストークしていて、臓器間でそれぞれ信号を出し合い、互いに感知しています。運動はそうした臓器間のコミュニケーションを円滑にすることで、必要な酸素やエネルギーを脳や筋に供給し、運動を持続させます。そこで、運動効果は全身的に波及し、全身を統合的に変えていく契機となります。

私たちがめざす快適生活とは前向きな気分で、やりたいことができる状態です。調子が悪くてもやりたいことがあるか、誰かとともに生きるはりあいがあるかどうかです。ただ運動しましょうというのは、難しい。人は健康のために生きているわけではないのですから。

仮に何か病気を引き起こす遺伝子があったとしても、環境や育ちで発現させないで、やりたいことができる人間でありたいと思います。前向きで、挑戦心があり、それが結果的に人間を活発にさせ、健康でいられます。

こういうたくましい人間を、子どもの頃から、親だけでなく学校や地域全体で育てていく必要があります。

アントニオ ダマシオ、2005、ダイヤモンド社
脳科学がスピノザ哲学と融合し、心を生み出す体と脳の関係を示した
今、脚光を浴びている嘉納治五郎先生も、たくましい人間を育てようとしていたのですね。
征矢

本学(筑波大)の前身である東京高等師範学校で20年以上にわたり校長を務めていたのが嘉納治五郎先生です。彼は柔道を通してたくましい心を養うことをめざしました。100年も前に女性や中国人にも柔道を教えていました。これを「修心」と言いますが、今では研究の成果により、トレーニングすると、筋力や持久力だけでなく、コミュニケーション能力が高まることがわかっています。これには脳の高次機能が働いており、それを証明するのは私のミッションのひとつでしょう。

たとえば、松尾芭蕉はウィットに富んだ創造的な句をひねり出した人物です。全国にまたがってかなりのスピードで歩行し、旅を通して俳諧という文化を確立したとも言われています。彼も案外、歩きが精神文化を豊かにするということに、経験的に気づいていたのかもしれません。

ギリシャ時代はスポーツなどの身体文化や芸術に加え、知の時代でもあります。哲学者のアリストテレスは、歩きながら講義を行ったことから、逍遥学派(逍遥とはそぞろ歩きを意味する)と呼ばれています。もしかすると、歩いた方が脳が刺激され、良い発想が浮かんだのかもしれません。

嘉納治五郎先生の銅像
その可能性はありますね。ところで、先生は、筑波大学ヒューマン・ハイ・パフォーマンス先端研究センターの所長ですが、このセンターはどういうことを目指しているのでしょうか?
征矢

心・体・技を統合したスポーツライフを通して、ヒューマン・ハイ・パフォーマンスを実現し、ひいては人と社会の活力増進を目指す研究機関です。

シンボルマークのゆるやかな曲線は、適度なトレーニングをすると、一時的に疲労しますが、やがて身心が超回復し、パフォーマンスが向上することを表しています。筑波大学は、RU(Research University)11に入っている唯一の体育系の学部を持つ大学です。体育系といえども、世界に通用する最先端の研究をやっていくことが必要です。じつは、前回の東京オリンピックのときに、すでに本学の前身である東京教育大の体育学部内に国のスポーツ研究施設がつくられ、先進的な研究を始めていました。まさに50年ぶりにこれを復活させたことになります。私は、このときの先生の意思を継いでいると言えますね。

筑波大学ヒューマン・ハイ・パフォーマンス先端研究センターのシンボルマーク
最後に、先生の健康観を伺います。
征矢

ひと言で言えば、快適生活ですかね。自分のやりたいことができるような生活を送れることです。

そのためには、気分が前向きで元気かどうか。そして、いろいろと計画し、段取りできるか【認知機能】。さらに、一定の時間集中してもへこたれない体力【持久力】があるかが重要です。この2つの要素は子どもから高齢者まで共通してよく相関することがわかってきています。脳フィットネスを維持するためにも重要で、どうしたら維持・増進できるかが私の研究の核と言えます。

運動は楽しく継続することで、最も効果的にこの2つの要素を高めるので、脳フィットネスを高く維持できます。しかし、よく考えると、これは太古の昔から変わらぬ原理と言えそうです。狩猟採集民であれ、農耕民であれ、動いて体力がつき脳も発達する。それで、うまく動けるようになり、仕事の能率もあがり、余暇を楽しめるようになる。最近、皇居周りを走る若者、とりわけ有能なビジネスマンの割合が増えていると言われるゆえんは、そうした人間の本性を体現できるからかもしれません。

最後にどうすれば快適になれるか、が問題です。永遠の課題かもしれません。アメリカの心理学者R.E.セイヤーは著書である『Calm Energy』のなかで、「気分を好転させる生活要因には2つある。それは運動と食である。」と言っています。最近、私はこれを強く実感しています。楽しく運動し、楽しく食べる。これが究極の快適生活なのかもしれないと。

脳フィットネスの基盤である持久力と認知機能の関係を解明し、これを軸にした教育としての体育を普及させていきたいと思っています。

インタビューを振り返って

先生の人生哲学を随所で感じられた有意義な時間でした。人が何かを始めたり、それを続けたりするのには情動が深くかかわってきます。その瞬間、脳や体のなかで何が起こっているのかを知りたい衝動にかられました。脳の不思議、体の不思議ですね。

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