公益財団法人 明治安田厚生事業団

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研究所レポート

須藤副主任研究員に聞きました

須藤副主任研究員は、2014年に体力医学研究所に着任し、今年で6年目になります。今回は、これまでの研究活動や近況についてお伺いしました。


今年度より新宿分室が設置されましたが、主な目的は何でしょうか?

期待されているのは、「産学連携」により、インパクトのある研究成果を出し、世の中の健康増進に貢献することです。そのためには、手法やデータ解釈について、広い視野での意見交換が欠かせません。そこで、企業目線だけでなく、大学・研究機関と連携し、時代の流れを加味した価値あるエビデンスを発信していくことが求められています。
初年度にコロナ禍ということで、研究活動にも支障があったのでは…

実験は、大学の実験室で連携して実施する予定でしたが、現在はストップしています。自粛期間に、これまでの実験データを改めて見返しましたが、視点を変えると、他にも重要な生体からの反応が見えてきました。測定動画から、これまでになかった方法で解析を行った結果、新たなエビデンスに触れることができました。
近年は健康啓発活動にも注力されていますが

研究とは違って、健康啓発の仕事は現実社会の反応が直に伝わってきます。けれども、得られた気づきは意外なもので、社会が求めているものと、研究から発信されるものとのギャップが想像以上に大きかったのです。これからの研究活動では、学術的なものを大切にしながら、実装につながることを十分にふまえたうえで、進めていく必要があると強く感じました。
研究者になったきっかけを教えてください

きっかけは、運動誘発性筋損傷と再生過程における細胞死(アポトーシス)についての研究でした。
「筋肉痛だ〜」という一言には、筋細胞における浮腫→崩壊→浸潤→単核細胞の出現→多核細胞への分化→再生という目まぐるしい形態変化が含まれています。この現象を顕微鏡から自分の眼で初めて見た瞬間の気持ちは、今でも忘れられません。
学位取得後は、動物モデルの運動に対する代謝応答や遺伝子適応などの検証、運動時の条件や環境に対する「認知機能パフォーマンス」についてヒトを対象とした実験をしてきました。

事業団に入ってからは、運動とメンタルヘルスの関係、運動による認知機能向上のメカニズム解明に取り組んでいます。これまでの経験から、「生体は、運動に対して個々の臓器が単独に応答するのではなく、各臓器がバランスよく相互的に絶妙なコントロールのもとで応答している。」ことがわかってきました。この“絶妙なバランス”が、精密機械にも劣らないくらいのコントロールであることに、研究結果を得るたびに魅了されています。

研究に対するこだわりはありますか?

忘れてはならないのは、数値に振り回されないことです。これは、“研究成果”と“研究実績”の2つの視点から意識しています。

研究成果
研究成果は、現象あってのエビデンスです。多くの論文は、あるものを数値化し、統計処理をして、有意性の有無を検証します。けれども、生体という「生きている物体」を対象とした基礎研究では、数値よりも「現象」という強烈なエビデンスに遭遇することがあります。
たとえば、「運動により30%の筋損傷が誘発された」とき、筋損傷の組織染色画像は、数値がどうでも良くなるくらいのインパクトがあります。統計学的には必要な検証対象数でなくても、正規分布が多少みられなくても、組織画像が示す筋損傷は、紛れもない事実です。統計結果は、もちろん必要ですが、あくまでも妥当性を示すひとつの手法にすぎません。
また、数値が現象として意味のあるものかどうかについても注意します。たとえば、0.01秒の反応速度の上昇は、スピードを重視する競技においては効果的かもしれませんが、日常生活における反応として大きな影響があるとは言い難いのです。研究は、客観的、科学的に検証することが求められます。だからこそ、現象を確認しながら、その数値が持つ意味を丁寧に捉えることを心がけています。

研究実績
論文のグレードにより、その研究のインパクトは少なからず影響を受けます。これが研究実績です。長年研究を続けると、h-indexなど数値化された評価を受けます。こうした客観的評価は必要ですが、研究実績のための研究にならないよう心がけています。
この分野の研究対象の多くはヒトや動物です。被験者の貴重な時間や、動物の貴重な命をいただく立場として、そこから得られる情報は、スタンダードな最低限の項目だけに満足せず、重要な生体情報を丁寧に観察、可視化して、論文化する。「責任」としての論文という考えは、研究者の使命であり、忘れてはいけないことだと思うのです。
日常生活と研究は区別されますか?

意識したことはありません。日常生活には研究のヒントやリアルが多々存在し、その逆もあります。ひとつの現象が、日常生活における疑問を解決してくれたこともありました。平日の業務、同僚との会話、家事、週末のラグビー観戦など、類似した行動、言動が習慣化されたなかで、ちょっとした変化に気づく。その観察力が研究には最も必要なことであり、そのスキルを磨く良い機会が日常生活なのかもしれません。
現在進めている解析方法は、ラグビーの試合の動きを「現象と数値」から支えている“アナリスト”からヒントを得たものです。試合観戦を通して感じた、「個々の独立では成り立たない相互的なつながり」と「数値が持つ意味」、そして、「目標に向かって緻密に準備されたチームビルディング」は、私の研究活動と重なることが多く、影響が絶大です。

最後に、研究者として目指すものを伺います

正直なところ、研究というものが何なのか、いまだに答えが出ていません。好奇心を満たすもの、社会に貢献することという画一的なものではないと思います。現象を解明し、それが世の中で活用できたときこそ、研究という行為に価値が生まれ、初めて研究者と名乗れるのだと思います。
世界のどこかで必要とされているパズルのピースを見つけ出し、提供できる人間でありたいと考えています。どんなに小さなことでもやり遂げる姿勢を忘れずに、これからの人生に挑みたいと思います。そうした行動の蓄積が、次の扉を開くのだと信じています。必要なことは貪欲に学び、分野の枠を“超える”のではなく“取っ払いながら”進んでいきたいものです。そして、次の言葉の答えが“研究者”と言い切れるような生き方をしたいと思っています。

「地球上での私の仕事は何か。しなければならないこと、それなりの知識のあることは何か。自分が責任を持ってしなければ、達成されそうにないことは何か。」(バックミンスター・ミラー)

須藤副主任研究員についてはこちら


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