公益財団法人 明治安田厚生事業団

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研究所レポート

渡邊研究員に聞きました

渡邊研究員は2021年度に体力医学研究所に着任しました。これまでの研究活動や今後の目標について伺いました。



研究者を志したきっかけと、筋力トレーニングを専門とされた理由をお聞かせいただけますか。

大学でアメリカンフットボール部に入りましたが、これをきっかけにトレーニングに興味を持ち、アスリートの強化育成に携わりたいと考えるようになりました。その後、しばらくしてアメリカの大学を視察するアスレチックトレーナー研修に誘われたのですが、これが大きなターニングポイントでした。アメリカの大学では運動部ごとに専用のジムがあったり、専属のトレーナーがいたりと環境が整っていることに加え、現地で出会ったトレーナーたちの多くは修士号、博士号を持っていました。トレーナーになるために大学院に進学することを決めました。

アスリートのための筋力トレーニングをテーマに研究したいと考えていましたが、研究の基本知識もなく、具体的なことは何もできませんでした。一方、所属研究室では、高齢者の健康維持・増進に関する研究も行われていました。当初は右も左も分かりませんでしたが、実験とデータ解析を続けるうちに研究者になることを意識しはじめました。
高齢者の健康維持・増進に関する研究とのことですが、具体的にはどのような内容だったのでしょうか。

すでに若齢者で有効性が確認されていた「スロートレーニング」を高齢者に適用した場合、効果があるかを調べた研究です。埼玉県三郷市の高齢者が対象で、まずは専用のマシンを使ったスロートレーニングの効果検証に取り組みました。その結果、スロートレーニングは高齢者にも効果的であることが明らかになりました。この後、「だれでも」「いつでも」「どこでも」できるスクワットなどの自体重運動にスロートレーニングを応用したプログラムを考案し、その効果検証も行いました。



その後は大規模な研究プロジェクト(亀岡スタディ)に参加されていますね。

京都府亀岡市で、介護予防の現場で活用してもらうことを主眼に、スロートレーニングを含む複合的な「京都式総合型介護予防プログラム」を作成しました。これを地域に広く展開することで、地域在住高齢者の筋肉量を増やし体力を改善できるのか、本当に介護予防効果があるのかを明らかにすることに挑戦しました。

三郷市では研究対象者が40名程度だったので、数名でデータを取り、論文を執筆していましたが、亀岡スタディは介入研究の参加者が500名を超えているなど大規模な研究プロジェクトなので、多くの研究機関や関連団体と連携した取り組みとなりました。自分のキャリアを振り返ってみると、全く違う環境で研究活動を展開することで、貴重な経験が積めたと思います。
筋肉の質を評価する研究もされていますが、「良質な筋肉」とはどういう状態なのでしょうか。

筋肉には、筋線維(筋細胞)のほかに脂肪や水が含まれています。力を発揮する役割を持つ筋線維の密度が高い筋肉が良質です。この筋肉の質を超音波(エコー)画像から評価できます。私は太もも前の筋肉(大腿直筋)を評価しています。画像処理ソフトを使ってターゲットの筋肉を囲むと、その範囲の平均ピクセル輝度(筋輝度、エコー輝度)を取得できます。筋肉の量が運動機能に関連することは容易に想像できますが、筋肉の質も影響を及ぼしています。私の研究では184名の高齢男性のデータを分析し、太もも前の筋肉の質が脚の筋力に影響することが分かりました。

エコー画像(下図参照)で白く映る部分には脂肪などが含まれています。黒に近い部分が多いほど筋肉の質が良いと言えます。



今年は著書を出版されました。

下肢と体幹の筋がよくわかる基礎ノート」には、これまでの私の高齢者研究の全てを注ぎ込んだといっても過言ではありません。執筆には4年を要し苦労もありましたが、国内外の筋力トレーニングに関する研究成果の集大成になったと自負しています。研究者に限らず、健康運動指導士、理学療法士、保健師、これらの資格の取得を目指す学生さんなどに是非読んでいただきたいです。スロートレーニングのメカニズムとその効果、現場で実践した時にどんな効果があるかなどを詳しく解説しています。
現在、体力医学研究所ではどのような研究プロジェクトを担当されているのでしょうか。

主に、オンラインを使った高齢者の健康づくりの研究です。従来、地域の体操教室などが健康支援や介護予防の拠点としての役割を果たしていましたが、コロナ禍で気軽に集うことが難しくなってしまいました。オンラインを活用することで、密を避け感染症対策もできますし、教室に行かずに運動の機会を提供できます。これは、新たな健康づくりの確立に貢献する試みです。

研究に参加した高齢者の自宅に機材を設置し、3か月間プロのインストラクターによる「スローエアロビック」のオンラインレッスンを提供しました。高齢者の心身にポジティブな効果が確認されたので、現在はこの研究成果をまとめた論文を執筆中です。

これと並行して、オンラインを介してより多くの高齢者に運動プログラムを届ける手法を検討しています。ICT(情報通信技術)機器に対して苦手意識を持つ高齢者が多いので、どんな仕組みであればより多くの人に受け入れられるか、モデル地区で基礎となるシステム構築を試みています。また、オンラインで提供される運動プログラムにスロートレーニングを追加し、さらなる健康効果の獲得が可能か、検証を予定しています。将来的には、オンラインを活用した健康づくりシステムの介護予防効果についても検証することを計画しています。
最後に、研究者として目指すものを教えてください。

第一に、筋トレを一般的なものにすることです。

日本人の平均寿命は男性で約81歳、女性で約88歳です。長生きはとても幸せなことですが、健康でなくなったら、やりたいことが自由にできなくなってしまうのも事実です。そのため、健康寿命の延伸が社会的な課題となっています。平均寿命と健康年齢の差は、男性で約9年、女性で約12年といわれています。つまり、人生終盤の10%以上の期間、自由な活動が制限されているといえます。

私はこの状況を打開できるのが筋トレだと思っています。毎日歯磨きをするように、一日10分でも筋トレを行えば、筋力の衰えを予防することができます。汎用性の高い筋トレの普及を目指しています。

第二に、学校教育に筋トレの重要性を取り入れてほしいと思っています。小中高の保健体育の授業では、生活習慣病予防をはじめ現代人の健康について、多様な内容を教えています。同じように、筋肉の健康を維持する、衰えを緩やかにすることの重要性を教えるべきと思っています。寿命が長い現代における筋トレの意義を周知していきたいです。
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