健康づくりウォッチ
2025年5月30日
「冬眠」が秘める未来への可能性
SF小説や映画の代名詞ともいえる「冬眠カプセル」。
近年、その実現に近づく大きな発見がありました!
SF小説や映画に登場する「冬眠カプセル」は、人間の体温と代謝を下げることで、少ないエネルギーによって生命を維持し、長期間の宇宙飛行を可能にする装置です。しかし現代科学では人間はもちろんのこと、小動物においても人為的に「冬眠状態」を制御することはできず、そのメカニズムには多くの謎が残されています。
哺乳類は体温を37℃前後に一定に保つ性質を持っています。しかし、一部の哺乳類(冬眠動物)は餌が取れない冬などの危機的状況になると、代謝を下げると同時に著しく体温が下がる「休眠状態」に移行します。通常は組織に障害が残るような低温状態でも、それに応じて代謝が制御されることで生命維持が可能になります。24時間以内の休眠は「日内休眠」と呼ばれ、それ以上続く季節性の休眠は「冬眠」と呼んで区別されていますが、休眠の仕組みについても不明な点が多く残されています。冬眠のメカニズムを理解し制御するためには、まず休眠について解明することが必要です。しかし、1年に1度しか冬眠しない冬眠動物は実験に使うことが難しく、休眠・冬眠を人為的に誘導できる動物モデルの作成が必要でした。
近年、私たちの研究グループでは、冬眠しない動物(マウス)で、冬眠に似た状態を作り出すことに成功しました。脳の視床下部にある神経細胞群(Q神経)を、光遺伝学*という手法を用いて活性化させると、マウスの心拍数が急激に低下するとともに、体温と代謝が著しく低下する「冬眠様状態」になることがわかりました。
こう聞くと「元に戻るのか」と不安に思われるかもしれませんが、Q神経の活性化を止めると、心拍数の上昇とともに体温が回復し、人為的に冬眠様状態に誘導したことによる身体へのダメージや行動の異常も見られないことが確認されています。さらに冬眠様状態の持続時間をコントロールすることや、同じマウスを複数回にわたり冬眠様状態に誘導することにも成功しました。

図. Q神経を活性化させた時の体温の推移
今後、休眠と冬眠のメカニズムが解明され、「人工冬眠」の技術が確立されれば、医療分野への応用が期待できます。たとえば、重傷を負った患者を搬送するときに、生命維持のために必要な消費エネルギーを安全に低下させ、外傷による炎症や組織障害を最小限に食い止められれば、延命措置や臓器の保存に応用できる可能性が考えられます。もちろん長期にわたる有人宇宙探査にとっての大きな足掛かりにもなり得るでしょう。

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近年、その実現に近づく大きな発見がありました!
「冬眠」は神秘のベールに包まれている
SF小説や映画に登場する「冬眠カプセル」は、人間の体温と代謝を下げることで、少ないエネルギーによって生命を維持し、長期間の宇宙飛行を可能にする装置です。しかし現代科学では人間はもちろんのこと、小動物においても人為的に「冬眠状態」を制御することはできず、そのメカニズムには多くの謎が残されています。
哺乳類は体温を37℃前後に一定に保つ性質を持っています。しかし、一部の哺乳類(冬眠動物)は餌が取れない冬などの危機的状況になると、代謝を下げると同時に著しく体温が下がる「休眠状態」に移行します。通常は組織に障害が残るような低温状態でも、それに応じて代謝が制御されることで生命維持が可能になります。24時間以内の休眠は「日内休眠」と呼ばれ、それ以上続く季節性の休眠は「冬眠」と呼んで区別されていますが、休眠の仕組みについても不明な点が多く残されています。冬眠のメカニズムを理解し制御するためには、まず休眠について解明することが必要です。しかし、1年に1度しか冬眠しない冬眠動物は実験に使うことが難しく、休眠・冬眠を人為的に誘導できる動物モデルの作成が必要でした。
徐々に解明される冬眠のメカニズム
近年、私たちの研究グループでは、冬眠しない動物(マウス)で、冬眠に似た状態を作り出すことに成功しました。脳の視床下部にある神経細胞群(Q神経)を、光遺伝学*という手法を用いて活性化させると、マウスの心拍数が急激に低下するとともに、体温と代謝が著しく低下する「冬眠様状態」になることがわかりました。
* 光によって神経細胞の活動を活性化、または抑制させる技術
こう聞くと「元に戻るのか」と不安に思われるかもしれませんが、Q神経の活性化を止めると、心拍数の上昇とともに体温が回復し、人為的に冬眠様状態に誘導したことによる身体へのダメージや行動の異常も見られないことが確認されています。さらに冬眠様状態の持続時間をコントロールすることや、同じマウスを複数回にわたり冬眠様状態に誘導することにも成功しました。
今後、休眠と冬眠のメカニズムが解明され、「人工冬眠」の技術が確立されれば、医療分野への応用が期待できます。たとえば、重傷を負った患者を搬送するときに、生命維持のために必要な消費エネルギーを安全に低下させ、外傷による炎症や組織障害を最小限に食い止められれば、延命措置や臓器の保存に応用できる可能性が考えられます。もちろん長期にわたる有人宇宙探査にとっての大きな足掛かりにもなり得るでしょう。
【出典】Takahashiら, Nature (2020),
Takahashiら, Cell Reports Methods (2022)
Takahashiら, Cell Reports Methods (2022)
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著者
征矢 晋吾 Soya Shingo
筑波大学医学医療系
国際統合睡眠医科学研究機構(IIIS) 助教
専門分野 行動生理学
主な研究テーマ 神経ペプチドの生理的意義の解明
征矢 晋吾 Soya Shingo
筑波大学医学医療系
国際統合睡眠医科学研究機構(IIIS) 助教
専門分野 行動生理学
主な研究テーマ 神経ペプチドの生理的意義の解明