公益財団法人 明治安田厚生事業団

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研究の紹介

不活動者に対する一過性のストレッチ運動は認知機能とメンタルヘルスにポジティブな効果を及ぼす

本研究のポイント


◎日常的な身体活動量が低い成人を対象とした認知機能とメンタルヘルスを改善する運動負荷レベルを解明
◎WHOが定める“身体不活動者”が10分間のストレッチ運動を1回実施することで、認知機能パフォーマンスが向上し、ポジティブな気分が誘発されることが示唆された。
◎本研究におけるストレッチ運動は、長期間の在宅により身体活動量が低下する方々にとって、認知機能やメンタルヘルスを保つための一助となる可能性が高い。

本研究の概要


これまでにも運動を介した健康づくりは効果的であることが知られており、近年では、「運動は薬の代わりになる」とも提唱されつつあります。一方で、個々人の生活習慣などを考慮した運動の条件については、十分な検討がなされていませんでした。そこで本研究では、日常的に身体活動量が低い方を対象に、一過性の短時間ストレッチ運動が認知機能と情動に及ぼす影響を検証しました。
その結果、身体活動量の低い成人男性に対して本研究で用いたストレッチ運動は、認知機能の向上や気分の改善をもたらす可能性が示唆されました。また、ストレスレベルの指標となる唾液中のコルチゾール濃度に変化がなかったことから、身体不活動者にとってストレッチ運動はストレスではなかったこともわかりました。したがって、日常的に身体活動量が少ない方にとっては、ストレッチのような低強度の運動でも脳の健康づくりに有効である可能性が示唆されました。
※本研究の成果は、国際誌「Perceptual and Motor Skills」に2020年2月付で公開されました。


背景


身体活動量の低下は、疾病の誘発だけでなく認知機能やメンタルヘルスなどの「脳機能」の低下も招くことが知られています。この脳機能の低下は、さらなる身体活動量の低下を誘発する恐れがあり「身体不活動の負のスパイラル」をもたらすことが懸念されます。一方で、自身の体力レベルに対し強度の高すぎる激しい運動は、免疫機能の低下を引き起こす可能性があることが指摘されています。これまでの先行研究から、低強度から中強度の運動によって認知機能の向上がみられることが報告されており、脳の健康を維持するためには、負荷の高い高強度の運動は必ずしも必要ではないことが明らかになってきました。近年、疲労を惹起せずに認知機能や心理面で有益な効果をもたらす運動として、ストレッチ運動が注目されています。しかしながら、ストレッチ運動が認知機能に及ぼす影響を明らかにしたエビデンスはなく、心理的変化と認知機能の関係性についても明らかになっていません。そこで本研究では、日常的な身体活動量の低い「身体不活動者」を対象に、一過性のストレッチ運動の心理的効果と認知機能に及ぼす影響を明らかにすることを目的としました。

対象と方法


本研究は、質問紙により身体活動量を調査し、WHO基準により日常的な身体活動量が低い「身体不活動者」と判定される成人男性19名を対象としました。認知機能は、判断や抑制機能を反映するストループ課題により測定しました。また、気分の変化は、質問紙(30項目)を用いて評価しました。運動によるストレスの有無は、ストレス応答物質である唾液中のコルチゾール濃度により評価しました。実験はストレッチ運動条件と安静条件の2日間に分けて行い、それぞれの条件の前後に各種測定を実施しました。

結果


統計学的解析の結果、次のことが明らかになりました。
①ストレッチ運動に対するストレス反応(唾液中のコルチゾール濃度)に変化がなかったことから、本研究で実施したストレッチ運動は身体不活動者にとって無理のない運動強度であることが示されました。
②ストループ課題(図1)による測定の結果、安静条件と比較してストレッチ運動実施後に認知機能パフォーマンスが向上しました(図2)。
③気分の変化では、緊張―不安、抑うつ−落ち込み、怒り−敵意、疲労、混乱の項目は低下し、活気の項目で上昇がみられたことから、やる気を反映する気分が改善する可能性が示されました。
④認知機能パフォーマンスと気分の評価項目である活気の間に有意な負の相関関係が示されたことから、より良い活気は認知機能の向上と関係がある可能性が示唆されました。
以上の結果から、日常的な身体活動量の低い身体不活動者に対するストレッチ運動は、ストレス反応を示すことなく、認知機能とメンタルヘルスを向上させる可能性があることが明らかとなりました。

筆頭著者のコメント


本研究では「脳の健康」に着目しました。生きるための要と言われる「脳」ですが、意外にも脳の健康を保つ方法は解明されていないのが現状です。脳機能低下の原因は加齢に限ったことではなく、健常な成人男性であっても疲労やメンタルヘルスの不調により起こりうるといわれています。その予防・改善の方法として注目されているのが「身体活動/運動」です。今回の実験を通して驚いたことは、健常な成人男性でも身体活動量が低い方が予想以上に多くいることでした。一旦、身体不活動の状況に陥ると、次に動き出すきっかけをつかむのが難しくなり、急激な運動負荷が身体へのストレスとなる可能性があります。最近は新型コロナウイルス感染防止上の理由によりテレワークや外出制限が増えつつあり、先行研究によって身体活動量の低下が疾患を誘発する要因になる可能性も報告されています。また、メンタルヘルスや認知機能が良好に保てない恐れがあることも指摘されています。このような状況下において、本研究の結果は、脳の健康維持に貢献できる基礎的なエビデンスの一つになる可能性が高いと考えています。一人でも多くの人が、手軽な運動によって健康な状態を維持しながら、未曾有の事態を乗り切れることを願っています。

題名: Effects of Acute Stretching on Cognitive Function and Mood States of Physically Inactive Young Adults.(日本語訳:身体不活動な成人を対象とした一過性のストレッチ運動が認知機能と情動に及ぼす影響)
著者名: Sudo M, Ando S
書誌情報: Perceptual and Motor Skills. 2020; 127(1): 142-153.
DOI番号: https://doi.org/10.1177/0031512519888304
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