公益財団法人 明治安田厚生事業団

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インタビュー

この人が語る健康

「この人が語る健康」は健康づくりに携わる方に、
取り組みを始めた経緯や、そこに込める思い、
関わり方、これからのことなどについて伺い、
「健康とは何か、そのために何ができるか」を
探ります。

vol.03
2019年1月30日
武蔵野美術大学
名誉教授島崎 まこと
研究テーマ
  • 北欧の建築・生活デザイン
  • 近代椅子の研究(デザイン系譜、座り心地など)
健康のためにしていること
  • 仕事と称して好きなことをしています。嫌なことは断ります。
  • 年に1度の健康診断。43年間続けています。自分で良いと思った3人の医者に結果を送って診てもらっています。

第3回目は、武蔵野美術大学 名誉教授の島崎信先生です。福祉国家と言われるデンマークを中心に北欧の家具のデザインを日本に伝えてきた第一人者で、現在は、日本フィンランドデザイン協会の理事長、北欧建築デザイン協会の理事等を務められています。椅子がご専門で、武蔵野美術大学美術館が所蔵する約400脚の椅子コレクションの収集に携わってこられ、これまでに、書籍「“座る”を考えなおす(ピーター・オプスヴィック著)」の監修や、「座って学ぶ 椅子学講座」の講師等をされています。


1日の間で座っている時間は、日本人が“7時間”と世界で1番長いことがわかっています(世界20カ国の平均は5時間)。明治安田厚生事業団では、新たな健康リスクとして注目されている「座りすぎ」の研究や健康経営のサポートをしており、今回は、島崎先生に「“動き”を取り入れた椅子」や「人々が幸せで豊かに思える国を作るデザイン」などについて伺いました。


Bauman A, et al. The Descriptive Epidemiology of Sitting: A 20-Country Comparison Using the International Physical Activity Questionnaire (IPAQ). AJPM41(2) 2011

武蔵野美術大学美術館 椅子ギャラリー
書籍「“座る”を考えなおす」は、まさに「座りすぎ」がテーマだと思います。まず、先生がこの本を監修された理由を教えていただけませんか。
島崎

旧知のピーター・オプスヴィック(世界的に普及している子供椅子トリップトラップのデザイナー)が、「こんな本を出版したよ」と言って「“座る”を考えなおす」という本を送ってきました。椅子を静的ではなく、動的と捉えた点に共感したからです。

「“座る”を考えなおす」
の表紙

“座る”と言うと、じっとしている状態を想像しますが、この本では“座る”を“読み書き話す”などの動きを伴う動態として捉えていて、この考え方がとても新鮮でした。

年をとると「腰が痛い」と言い始める人が多いですが、腰痛の原因のひとつは椅子なのです。かつてヨーロッパでは、「腰痛は不治の病」と言われていましたが、ノルウェーの広告代理店に勤めていたハンス・メングスホールという人がネパールでヨガを見て、モンゴルの遊牧民は腰痛がないことに気づいたという話があります。

じっと座っていると腰痛になってしまうということですね。
島崎

そうです。馬に乗っているとき、人は揺れに合わせてバランスをとりますよね。

この動きが、血液循環を活発にして腰痛を防ぐのです。この本の著者であるオプスヴィックは、人は本来、ずっとは同じ姿勢を続けられないと考えていて、「“動き”を取り入れた椅子」を提案しました。

「“動き”を取り入れた椅子」ですか?例えばどのようなものがありますか。
島崎

「バランス・チェア」シリーズです。「バランス・チェア」は、姿勢の原理に基づいて作られていて、座り方に、からだ本来のバランスをとろうとする動きが取り入れられています。

これは2009年に、東京で私の構成で「ピーター・オプスヴィックの椅子展」を開催したときのパンフレットです(写真参照)。ここに載っているのがバランス・チェアです。「トリップトラップ」という子供用の椅子も彼の代表作です。

「ピーター・オプスヴィック展」のパンフレット
「バランス・チェア」シリーズ
ヴァリアブル(1979年発売)
さまざまな姿勢に対応する動きと変化が可能。「活動的に」座るのに最も適した椅子。
グラヴィティ(1983年発売)
4つの傾斜角度があり、身体を少し動かすだけで、別の角度に移ることができる大型の休息椅子。
カピスコ(1984年発売)
多くの姿勢をとれるようにデザインされた椅子。座面は、馬に乗ったときの自然な姿勢に着想を得ている。
オプスヴィックの代表作
トリップトラップ(1972年発売)
子供の成長に合わせて座高を調整でき、生涯使うことのできる椅子。発売以来、世界中で400万脚も売れているベストセラー。
本当にいろいろな形のものがありますね。島崎先生ご自身も、椅子に座り続けることの問題を感じられていたのですか?
島崎

そうですね。人はうっ血すると無意識に座りなおしています。

座りよい椅子は一人ひとり違いますし、多くの椅子は平均値的に作られているので、あまり長い時間は座れません。私は2016年と2017年に、「座って学ぶ 椅子学講座」を実施していて、そこでは毎回、得た知識を体感できるように、紹介した椅子に実際に座っていただきました。受講生が座る椅子は40脚のなかから抽選で決めましたが、皆さん40分も同じ姿勢を保てずに座りなおしていましたね。

「座って学ぶ 椅子学講座」会場(2016年)
武蔵野美術大学美術館で開催された連続講座。コレクションのなかから精選された約300脚について、制作のきっかけや製造技術、加工方法、時代背景等が、一脚ずつ解説された。
「座って学ぶ 椅子学講座」の案内には、「暮らしを支える椅子から本当に豊かな生活とは何かを考える」と書かれていますね。以前、「クリエイターの想いを尋ねて」というインタビューでも、「国をデザインするのはこれから」とお答えになっていますが、人々が幸せで豊かに思える国を作るためには、どのようなデザインが必要だと思われますか。
島崎

クオリティオブライフを高めていく社会のデザインですね。

例えばデンマークでは、専門職の人は、技術革新で、その人の専門技術が通用しなくなると、2年間の研修を受けることができます。その間は生活保護も出ます。人生では生きがいを感じること、他人や社会から期待されていると思えることが大事で、そうすると健康的になり最終的には医療費が減ります。働いていると所得税が支払われますし、社会の仕組み(デザイン)がうまくできていると思います。老人となってもその人の残存能力を開発したり、手を差し伸べる仕組みは見習いたいですね。

広げているのは先生が作られた「椅子の年表」
棒グラフのように、年ごとに椅子の写真が並んでいる
島崎

日本では、体力も知識も意欲もあるのに、定年というだけで仕事をぱっとやめさせられてしまう。そういう働き方はもったいないと思います。退職した後輩たちに何がショックかと聞いたら、「迎えの車が来なくなったこと」、「朝、布団の中で目が覚めて『今日は何をしようか』と思うこと」、それから深刻だったのは、「『もう世の中から何も期待されていないんだなあ』と感じること」だと言いました。それで、人生を通して何かこころざしを持つこと、「仕事」ではなく社会に通用する「志事しごと」を持って生きていくことが大事だと改めて思いました。生きるということは社会のために働くということなので、私は一生働けば良いと思っています。

最近日本では、働き方改革が推奨されており、企業が従業員の健康を考える「健康経営」が広まりつつあります。私どもの財団では、このサポートを行っています。これまでに、東急ハンズの立ち上げ等、たくさんのプロジェクトに取り組まれてきたご経験から、企業が新しいことを始めるときの心得がありましたら教えていただけませんか。
島崎

企業は、従業員を道具や材木のように「人材」として扱わず、「人財」として接することです。

けれども、働き方の仕組みを変える前に、「個人として働き方をどう考えるか」ですね。最近は、働くことを受け身で考えている人が多いと感じます。まずは、自分で自分の人生をデザインすることが必要ではないでしょうか。やらされるのではない「志事しごと」を個人が持つか持たないかによって、社会が違ってくると思います。

大学の講義では、“健康”に関するお話はされますか。
島崎

そうですね。講義では、「食べ物に関心が無いとデザイナーにはなれない」と言っています。

一般人の暮らしや生活感覚を知ることがデザイナーには必要だということです。それが使う人の健康にもつながります。私のことで言うと、東日本大震災の時、高い棚の上に置いていた2.4kgの図録が落ちてきてアキレス腱を切ってしまい、ステッキを持つようになりました。そうしたら、人がよけてくれたり、空港でアシストしてもらえたりしまして…ステッキは、“動く手すり”だなと思いました。このケガをきっかけに、自分でステッキのデザインをしました。加齢とともに肉体感覚は変わってきますし、そういった自分自身の変化を感じながら、人々が抱えている問題に気づくことが大事ですね。

最後に、先生ご自身の健康観を教えてください。
島崎

良い人生を送るとしたら、やっぱり健康でありたいですね。

年をとると、「若いときは…」とぼやく人がいるけれど、私は「もう歳です」にチャレンジしていきたいと思っています。健康にも通じる豊かな暮らしとは、自分にとって愛着を持ったものに囲まれていることなんですよ。これまで私は、北欧の生活デザインを日本に紹介してきました。思い出すともう60年くらい経つので、外国の暮らしに憧れるのもいいけれど、「日本の暮らしのデザイン」を考えていかなければならないと思っています。

先生が座られている椅子
来客時
1961、2年に先生がデザインされた椅子。オリンピックのために作られた赤坂のシアターレストラン“みかど”(食事ができる劇場)用で、ゆっくりできるように座を低くしてある。私の事務所では、話すときにお客さんよりも目線が若干低くなることと、立ち上がりやすいために重宝している。
デスク用
フィンランドの親しいデザイナーのユオリ・クッカプーロがデザインした椅子。背もたれが高い回転椅子で、アームは黒塗りの木でできていて感触が良い。クッカプーロは、フィンランドの工業デザイン大学の学長を長く務めた。“座り”の動きなどの調査研究をもとに、多くの優れた椅子をデザインしている。親しくしているため、取り寄せて毎日座っている。

インタビューを振り返って

先生は“デザインは物事を達成する仕組みづくりである”と考えられており、お話を伺い、「一脚の椅子を作ること」と「座りすぎの解決方法を探ること」は遠いようで近く、どちらをするにも、一人ひとりの生活や抱えている問題を計質化して考えることが重要だとわかりました。また、先生はあまりにたくさんのことをされており、ご自身でも「二足のわらじではなく、百足むかでみたいなもの」とおっしゃっていたことが印象に残っています。仕事とはいえ、楽しいひと時を過ごさせていただきました。

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